- 第97回“ローテクベンチャー”で日本再生! ~地場産業・中小企業が元気になってこそ、日本は元気になる~ 2005.7.25
パネリスト
◆笹田正之:名古屋メッキ工業(株)スーパーバイザー
◆竹森臣:化粧筆創作家 (株)竹宝堂 代表取締役社長
◆田中實:石川県山中町長◆田中陽子:クラフトショップ・ゆずりは店主
◆加藤秀樹:構想日本代表
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日本の伝統産業を未来に残すには?約20年前のディスカッションですが、現代に通じる真髄が垣間見えます。とりわけ、広島県安芸郡熊野町の化粧筆は、今や押しも押されもせぬ世界のトップブランドとなりました。(以下フォーラム内容を一部抜粋。敬称略、肩書は当時のもの。)
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・世界的に有名なブランド・エルメスも、元々は馬具の製造から始まり、材料を見抜く目とデザイン能力と技術で、トップブランドになった。日本の全国津々浦々にも、これに匹敵する潜在的な技術や材料が山ほどあり、アイデアの組み換えや発想によって良い将来に繋がるのでは。今日はそういった具体的な話を伺いたい。(加藤)
・現在近代漆器として一番売れているのは、小中学校で使う給食用食器。全国各地へPR展開したい。金沢市は大きいので食器が4万個いるが、当然漆器は長く使うと傷む。全部取り換えると何千万するため、夏休み中に傷んでいる分だけ塗り替えているなどしている。
・海外のオブジェ展に漆器を出展したところ、非常に売れ行きがよかった。それは思い切って欧州のデザイナーやバイヤーを入れ、彼らの感覚にあわせたから。「山中漆器といえば赤と黒」に固執してはだめだと言われ、蒔絵などに着色し、面白く作る工夫をした。職人や商売人は自信を持った。伝統工芸は大事だが、一部方向転換はやむを得ない。(田中實)
・メッキ屋の弱点は、自分で生産する品物がないという点。自分たちの手を通っていても、それを我々の商品だとアピールできない点だった。それではこの厳しい時代には合わないだろうと、技術をブランド化しようと取り組んできて、やっと知的財産・伝統として、お金になるようになった。発想を転換すれば新たな挑戦ができる。
・以前、70歳位のご婦人が亡くなられたご主人の形見であるイヤリングを一つお持ちになったが、表面がかなり劣化して錆びていた。「もう一回綺麗にメッキしていただきたい」ということで、ある技術者が、あらゆる手を尽くしてピカピカにした。ご婦人はそれを見た瞬間、その場で号泣され、私も他の者も涙した。それ以来、私たちの仕事の意義というものを悟り、メッキの技術が将来はブランドとしてなりたつと確信した。あの心意気で具体化していくことが私たちの使命だと強く思った。(笹田)
・熊野の化粧筆の最大の悩みは、中国の安価な大量生産品が入ってくること。しかし「熊野町でつくるのは化粧筆であり化粧ブラシではない」と宣伝している。化粧筆は170年の歴史と技術をもつ毛筆から進化した。伝統技術を駆使しつつ、メーカーや関係先と協力し、デザインにも力を入れ、現代の需要に応えている。
・化粧筆の良さがわかるのは、一言でいうと毛先。毛先の切れた筆は肌にあたるとちくちく痛い。熊野の場合は毛先、命毛を大事にして作るため、滑らかな肌触りが感じられる。幸い今まで大量生産型だったものから新しい市場に移行することに成功し、化粧筆の売上は右肩上がり。(竹森)
・昔からの日本の手仕事を次世代につなぐためには、若い後継者を育てることはもちろんだが、使ってもらえるものを作ることが重要。物は使って育つ、どんな美しい仕上げよりも使うことでの仕上げに勝るものはない、という。
・手仕事というのは、現代の生活に添って変化するべきではあるが、私が常に痛感するのは、それをしていくときに本来の姿を大事に保っていくこと。本物の大事なところ、なぜそれがあったのか、なぜ生まれたのか、なぜ今まで伝承されて来たのかを本当に知った上で、様々な形になって現代の工芸として現代生活に落とし込まれなければ、道を誤るのではないか。
・手仕事というものは、自然とは切っても切り離せないもの。もっといえば人間そのものも大きなサイクルの中での自然界の中の一つにすぎないと言うことを、大事に考えていきたい。(田中陽)
<JIフォーラムレポート10選>
これまでに行われた講演・討論の中から、今でも参考になる内容の回を選び出し、その要点をまとめたレポート。
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