• 構想日本の活動

公会計制度


2000/01/01(土)
【論文】「初試算・日本国のバランスシート」月刊文藝春秋

<日付: 1999年05月01日>(2001年8月13日掲載)


初試算 債務超過九百兆円 日本国のバランスシート
-大蔵省はなぜ、「二十世紀最大の発明」を導入しないのか- 
文芸春秋 1999年5月号

加藤秀樹(構想日本代表・慶應義塾大学教授)/バランスシート作成 廣田達人(公認会計士)


 「企業の不良資産が問題になっているけれど、国だって不良資産をいっぱい抱えているはずだ。本当の財政状態を知り、行政の無駄をなくしてくためには、国にも企業会計的なパランスシートが必要だ」

 私が「構想日本」の政策テーマとして、日本国政府のパランスシート(貸借対照表)を作ろうと考えたのは、昨年秋のことである。きっかけは「構想日本」が数力月に一度、定期的に行なっている財界人との意見交換会だった。鐸々たるメンバーが集まるこの会合で、ある企業経営者からこのように指摘されたのである。

 私は、虚をつかれた思いだった。確かに空港、道路、港湾等々、膨大な国の資金を注ぎ込みながら有効に使われないで不良資産となっている例は、日本全国に山ほどある。しかし国の場合は、そうした不良資産や含み損は民間企業のように数字となって表に出ることはない。なぜなのか。これまで日本国政府のバランスシートを、誰も作ってこなかったからである。

 1996年9月、私は大蔵省を退職し、政策シンクタンク「構想日本」を設立した。いまの政治や行政の仕組みを変えることは、役所の中にいてはなかなかできないと考えたからである。以来、霞が関の「官」の立場を離れて「民」の立場から政策提言や法案立案を試みてきた。

 この企業経営者の指摘を待つまでもなく、国の財政状態が誰にも把握できていないことに疑問を抱いていた私は、公認会計士の廣田達人氏の協力を得て、まずは欧米先進国の公会計制度を調べた。すると驚いたことに、アメリカでは今世紀初頭から、単式簿記の欠陥が大統領府、財務省、会計検査院の三者から指摘され、幾たぴかの法改正を経て、第二次大戦後早々には複式会計に切り替わっている。民間部門で複式会計が発明されて会計制度が近代化されると、それに追従する形で、すぐさま政府部門の会計希度も近代化しているのである。

 当時、複式会計は「二十世紀最大の発明」と言われ、それ以前は、野蛮な会計時代と評された。最近では、ニュージーランドが天然資源まで含む徹底した国全体の連結会計制度を導入している。今や複式会計は先進国の標準会計となっているのだ。

 欧米諸国が、早くから公会計に複式会計(発生主義会計とも言う)を採り入れているのに対して、日本の公会計は単式簿記の非常に古い仕組みのまま、今日に至っている。予算の無駄や財政健全化が叫ばれながら一向に改善されない原因は、この前近代的な公会計制度にあると言ってもよい。


素朴に信じられた日本の伝統

 日本の公会計制度は、なぜ欧米の先進国よりひどく遅れてしまったのか。

 そもそも、日本の財政を司る大蔵省はじめ、各省庁には複式会計という発想が今もないと思う。会計制度になじみのうすい私自身、冒頭の発言を聞くまで複式会計、つまりバランスシートを公会計に採り入れるということは考えもしなかった。自省をこめて言えぱ、今でも役人でいたら何の疑問も持たなかっただろう。

 官庁では、複式会計は企業会計、つまり企業が利益獲得のために行なう会計であって、国の予算は「歳入」と「歳出」がすべてだと素朴に信じ込んでいる。これは、大日本帝国憲法以来の伝統である。

 さらに言えぱ、日本では簿記や会計は商売の次元のものであり、経済や財政の理論よりワンランク下のことであるといった観念が強いのではないか。したがって、天下国家を考える次元では必要ないと考えられてきたのだと思う。事実、大蔵省の研修では「経済理論」が中心で、簿記会計を学ぶようになったのは、金融機関の検査の重要性が認識されはじめた数年前からだ。

 公会計でも複式会計を採り入れている部門はある。特殊法人や地方の水道局や交通局などだ。料金収入のある事業体に向いているのが複式会計だと、思い込んでいることのあらわれなのだろう。しかし複式会計は企業や収益事業だけのためにあるのではなく、財務状況あるいは財政状況を認識するためのものなのだ。このことは、欧米諸国の常識になっている。

 日本の財政は、もはや破綻寸前と言われている.大蔵省も財政赤字の拡大には非常に危機感を持っていて、余計な予算をカットするために苦心している。しかし各省庁の予算を仮に十パーセントずつカットしたとしても、それは一時凌ぎにしかならないだろう。今の公会計の制度的な欠陥を改めない限り、真の解決策にはなり得ない。

 では、大蔵省はじめ各省庁は、公会計制度の改革をどう考えているのだろうか。

 第一には、先に述べたように、企業会計方式は政府の財政とは別次元のものと単に信じている。加えて、日本の官庁は、従来から続いている制度の範囲で仕事することに関しては世界に冠たる組織であるが、既存制度を改めて新しい制度を導入しようという動きはなかなか出てこない。ついでに言えぱ、関係法令を直接担当する大蔵省としても、財政赤字が大変なところに景気対策も迫られるといった状況で、一力月の超勤が二百時間ということもめずらしくない。今でも限界まで忙しいのに、公会計制度を根幹から変えるための「財政法」や「会計法」の改正作業まで、やる余裕は全くないというのが正直なところだろう。

公共事業を多く持つ省庁としては、不良資産の実態が続々と明らかになり、追及されるのはたまらないという気持もあるかもしれない。一方で、制度改革への動きも一部にはある。財政投融資事業については複式会計作成の試みが行なわれていると聞く。また、藤沢市や三重県なとの地方自治体でも同様の動きがみられる。いずれにしろ、企業におとらず国も地方もリストラはまったなしだ。行政内の動きが極めてにぷいのならぱ、我々が外から議論を喚起して、政策実現に向けて政府に働きかけていくしかない。


巨額の債務超過を直視せよ 

 図表Aは、公会計の専門家で、「構想日本」の公会計プロジェクトのリーダーでもある廣田氏が作成した。平成九年三月三十一日現在の日本国政府のパランスシートである。

 この図表は、政府の公表数値に基づいて試算したものであるが、情報が開示されていない項目もあるので、あくまで「推定パランスシート」であることをお断りしておく。私は「構想日本」の目的は政策提言ではなく、政策を実現していくことであると考えている。そのためには、たとえ初歩的な試みであっても政府のバランスシートを作って、まず叩き台を示すことが必要だと考えたのである。

 図表Aを見ていただきたい。平成九年三月三十一日現在、日本国政府は約九百兆円という巨額の債務超遇となっている。パランスシート右下の「正味財産」という項目が、それに当たる。この数字は、表を作成に大きいものだった。十兆円しかないのに、その十八倍の負債があるのだ。民間企業でこうした数字が出れぱ、即刻、倒産である。

 巨額の債務超週になっているいちぱんの原因は、年金である。「負債」を見ていただくと「厚生年金債務」が突出して大きいことがおわかりいただけるだろう。パランスシートには、年金債務がいかに大きな社会問題であるかが如実に表れている。

 厚生年金債務の七百八十兆円は、平成九年度版の「年金白書」から拾った数値だが、実はこの数値の根拠も、公表資料からは正確にはわからない。それどころか、国民年金と共済年金については、皆目数値が出ていないのだ。

 ここでは、年金問題を取り上げるのが目的ではないので、論評はさける。ただ一つだけ指摘しておきたいのは、行政が年金債務をきちんと把握していないのは財政運営上、非常に問題があるということだ。もし把握していながら意図的に隠しているとしたら、もっと重大な問題である。正確な数値なくしては、議会も国民も年金制度の当否を判断できないからだ。

 パランスシートでは、厚生年金債務がまりにも突出しているので、他の債務が小さく見えてしまうが、たくさんの問題が表にあらわれている。たとえば、国債の二百四十七兆円というのも巨額な数字である。

 仮に「資産」の中にある道路、治水などのインフラと、「負債」の中にある国債、借入金の数字がパランスしていれぱ、国債の発行残高が巨額でも、公共事業の運営による世代間の公平は保たれたことになる。しかし表を見ると、実際には国債、借入金の総計が、インフラ資産の総計を百兆円以上も上回っている。このように公共事業だけを見ても債務超過であり、世代問の公平ば守られていないことがわかる。

 退職未払金の項目については、まったくデータがなく、算出不可能なので「?」とした。公務員の退職金は、本来ならぱ給料の後払いである。退職した場合にいくら支払うかを、年度ごとに算出して、積み増していかなけれぱならない。民間企業では、これは退職給与引当金にあたる。上場企業の場合、仮に来年度に社員が全員退職したときに、いくら退職金を支払わなければならないかを円単位まで算出している。 

 ところが行政機関では退職未払金を積み増していないぱかりか、その数字をまったく把握していない。バランスシートに退職未払金を計上すると、何十兆円、あるいは数百兆円規模になるのか予測できないが、さらに債務超過は拡大することになる。



行政はコスト認識をもて 

 財政状態がここまで悪化したのは、やはり日本の公会計が、それを明らかにできなかったことが大きな原因だろう。日本の公会計は、その年の現金が増えた減っただけを綴っている歳入歳出決算、いわゆる単式簿記の大福帳スタイルである。 
 日本の予算は、単年度の均衡予算を前提にしているので、歳入が不足すれぱ、国債を発行したり、一時借入金をして資金繰りをつける。国は倒産しないという暗黙の了解があるので、予算というものは常に形式上は収入と支出が均衡しているのだ。

 例えぱ、平成十一年度の一般会計予算をみると、歳出が約八十二兆円である。均衡予算なので、歳入も約八十二兆円である。実際には収入は五十一兆円しかなく、三十一兆円の不足分は国債を発行して帳尻を合わせる・・・・・、という具合である。

 これは単に、借金をしてその年度の資金繰りがついたというだけで、財政状態がとう変化したのか、使ったお金がどういう形になっているのかはまったくわからない。そこには「ストック」という概念が完全に欠落しているからだ。国債を発行すれば資金繰りは改善されるが、財政状態は一向に改善されない。むしろ悪くなる一方だ。

 現行の財政法では、公会計は「単年度主義」、「会計年度独立」の原則によって未消化予算の繰り延ぺが認められないため、計上した予算は使い切ることが通例となっている。毎年、年度末になると、またかと思うような道路工事が全国のあちこちで始まるのは、この制度の弊害の一つである。

 これは、決算を軽視してきた国会にも問題がある。国会議員は票につながる予算獲得には熱心だが、一度予算が決まってしまえぱ、あとは誰も使い途に関心を示さない。決算は住民全体のためにはなっても、票にはつながらないからだ。

 日本では予算委員会は格上とされているが、イギリスなどでは決算委員会が一番権威が高く、予算と同じように決算も国会の議決が必要とされている。それだけ決算を重要視しているあらわれであろう。日本では、決算が国会に提出きれるのは翌々年であるだけでなく、分厚い決算書に出ているのは単年度の金の出入りだけである。

 しかし公共事業に関して言えば、道路を作ることが目的ではなく、その道路が完成した後にどう利用されているかが本来の目的のはずだ。ところが、支出した瞬間に道路のことなど、みんな忘れている。

 その後、例えば「税金の無駄遺い」という視点からテレビや新聞で特集されることはあっても、制度として検証されるような仕組みにはなっていない。

 日本の公会計には、当然ながら「減価償却」の概念もない。仮に、コンサートホールを建設したとする。企業であれぱ、固定資産としての建物は経費として、例えぱ三十年問にわたって減価償却していくが、ホールの集客率が悪くて収益が上がらなければ不良資産ということになる。
 ところが、国の歳入歳出決算では、コンサートホールの建設費は支出した瞬問に消滅して、毎年の赤字はその年度に発生する経費と収益の差額である。そのホールが使われず、国民の満足度につながらなけれぱ不良資産化していると言えるが、そのマイナス分は数値になって表れないのだ。

 建設省所管の特殊法人、日本道路公団は公企業なので一応はバランスシートを作成している。道路公団の資産の大部分は高速道路であり、企業の設備と同様には扱えないが、それが資産勘定でどう評価されているかというと、道路建設にかかった金額がそのまま資産として計上されている。仮に建設費に一千億円かかったとしたら、十年後も、二十年後も一千億円のままなのである。したがって、表面上はパランスしている訳だが、このような会計処理を続けていれぱ、道路公団が「第二の国鉄化」しても全くわからない。そもそもパランスシートとは何か、その日、その年の金の出入りだけでなく、物的な財産を含めた資産、負債の全容を示すものだ。だからそのパランスが崩れると、不良資産などの財政の健康状態が把握できるのである。その意味では、財政状態を映し出す鏡と言える。財政状態が把握できれぱ、コストの比較やストックとしての資産管理が可能になってくるのである。

 これを家計にたとえると、パプルの頃にローンを組んで億ションを買った。その後、パプルがはじけて資産価値は何分の一かになったが、ローンはそのまま残っている。といった財政状態が把握できる。

 行政コストにしても、同じことである。国が十億円をかけて道路を建設したとする。しかし一日の通行量は、二百台にも満たない。それでも道路の補修など、メンテナンスの費用だけは毎年出ていく。この道路は、資産として有効に利用されていなければ遊休施設である。

 ところが現状では、行政に資産と負債のパランス、あるいは資産維持に伴うコストの認識があまりない。むしろ、商売ではないのだから、毎月のコストが赤字になるのは当たり前と思っているふしさえある。

 そのことは、深刻な財政難に直面している東京都の例を見れぱ一目瞭然である。東京都は鈴木都政末期に、東京都庁舎をはじめ、東京芸術劇場、東京都現代美術館、江戸東京博物館、東京国際フォーラムなど豪華なハコものを次々と建設した。

 その結果、手元に膨大な借金が残ったばかりか、毎年数百億円にものぽる建物のランニングコストが新たな負担増となって都財政を圧迫している。

 この負担は、ハコものが存在する限り、税金で半永久的に支払わされる。これでは都民はたまらない。はたして都民の満足度とコストは見あっているのか。やはり、行政であってもコスト認識は持つべきだ。


景気対策もチェックできない 

 バランスシートの仕組みを理解していただくために、もう少し具体的に説明しておきたい。図表Aを見ていただ<とわかるように,バランスシートは常に資産、負債、正味財産(資産から負債を引いたもの)からなっている。極端な話をすると、租税収入がゼロで、百兆円の国債を発行して、百兆円の財政支出を行なったとする。先に述べたように、歳入歳出決算ではプラスマイナスゼロである。統計上は、国債発行残高という数字があるのである程度の負債状況は認識できるが、正味財産はわからない。

 これを複式会計で行なうと、パランスシートの資産の部に現金が百兆円計上されるが、負債の部にもドンと百兆円が残る。そして、百兆円の財政支出を行なうと、現金は出ていって、一方で負債は残ったままなのでいずれは返さなけれぱならない。国とは異なるが、企業で言えぱ、収益が上がらず、経費だけがかかり、百兆円の損失を出したことになるのだ。従って、正味財産は百兆円のマイナスという決算書が残る。

 同じように、貸付金、出資金、一般の公共施設なともすぺてパランスさせていくことによって、ストックの財政状態が把握できるのだ。前年度と比較して、正味財産が減っていなければ財政運営上は健全だということになる。あるいは正味財産が増えれぱ財政にゆとりができたことになり、正味財産が減れぱ将来世代に負担を残したことになる。このように、正味財産を減らさずにすんだかとうかという本当の意味での均衡というのは、バランスシートを作成してみなけれぱわからないのだ。

 財政法四条には「歳出は原則として公債・借入金以外の歳入でもってそれを賄う」と明記されている。経常経費の財源不足を補うために発行される赤字国債は、将来世代に負担を残すので原則として禁止されているのだ。これは行政サービスは租税収入でまかなうという原則からきている。

 ただし、例外はある。国会の議決を経れぱ景気浮揚策などに特例的に赤字国債を発行してもよいことになっているのだ。企業会計でいうところの赤字でも、翌年に景気がよくなって税収が増えれぱ、収支の帳尻が合うだろうという目論みのもとに発行を容認されているのである。

 問題は、いまの会計制度ではお金の出入りを記録しているだけなので、経済対策が功を奏したのかどうか、少なくとも会計的にはチェックできないところにある。

 これが複式会計であれぱ、景気が回復したのかどうかは、バランスシートにあらわれることによってわかる。たとえぱ、仮に今年度に赤字国債を発行して景気浮揚を図ったとする。その時点では、負債が増えるので、正味財産はマイナスになる。三年後に景気が浮揚した場合は、租税収入が増えるので、資産の部の現金が増え、従って正味財産がプラスになる。この正味財産の増減を見ることによって、将来に負担を残してしまったのか、あるいは負担を残さずにすんだのかがチェックできるのである。

 意識されていないかもしれないが、実は赤字国債発行禁止の原則には、パランスシートの考え方が採り入れられているのだ。例えば公共事業費の財源に充てるために発行される建設国債は、赤字国債と区別されている。建設国債を発行して道路や橋が建設されれぱ、固定資産として後世に便益が残るので、正味財産は増えも減りもしない。従って、世代間の公平は保たれるという考え方からである。

 このように、官僚も本当は頭の中では、複式会計の考えに従って財政を運営しているとも言える。しかし、決算書には何ひとつその結果が表れていないわけだ。ここで重要な点は、社会資本として道路を建設した場合に、支出は一度に出ていくが、道路は例えぱ三十年間は使えるということである。つまり、便益を三十年間出し続けるわけである。そこに国債を発行して借金をするという意味が出てくるのだ。道路を三十年間にわたって減価償却していくと、本当の意味での国民が負担すぺき税金の金額が出てくるのである。

 行政マンが働いてくれるから、警察があるから、消防があるから、私たちは安心して生活できるのであって、そういう経常的な経費プラス社会資本の減耗分が国民にとっての受益と考えられる。従って、その部分の税金を負担するというように考えれぱ、正味財産は減らないのである。

 繰り返しになるが、今の公会計制度のように減価償却もなく、固定資産も計上しないのではその本当のバランスはわからない。現金の出入りだけ見ても意味がない。現金があっても借金があるかもしれないし、現金がなくても固定資産があれぱ何とか救われるからだ。従つて、受益と負担のパランスが適切であるかどうかを判断するには、正味財産を見なけれぱならない。そのためには複式会計、すなわちパランスシートが必要なのである。


いまや連結決算が主流

 最近、退職手当債が議論になっている。驚くぺきことに、一部の地方自治体では「財政の再建策として退職手当債を発行する」と広報に掲載されている。これはとんでもない誤解で、行政の良識を疑わざるを得ない。
 
 なぜかと言うと、退職手当というのは、先に述ぺたように、今年度の経費どころかこれまで行政職員が働いて来た何十年間の経費で、本来は毎年税金として徴収しておかなけれぱならないものだからだ。それを退職手当債を発行してまかなえば、財政再建ところか将来世代に負担を残すことになる。退職手当債を発行して財政の健全化を図るというのはまったく正反対で、退職手当債を発行して財政は悪化するが、資金繰りの目処はつけましたと表現するのが正しいのである。

 アメリカ連邦政府は、一九九七年九月決算において、初めて会計検査院の監査を受けた連結バランスシートを公表したアメリカの公会計はさらに一歩進んで、連結会計を行なっているのである。


 図表Bを見ていただきたい。パランスシートの「資産」に現金等が九百三十億ドル(百二十円換算で、十一兆千六百億円)とある。日本の歳入歳出決算というのは、この現金の出入りを示しているだけなのだ。それ以外の情報である未収金、貸付金などは一切認識されていない。そのため、この一枚の表が作成できないのである。

 右側の負債を見ると、退職年金・補償金、環境引当金とある。特に退職年金・補償金は国債に匹敵する規模で計上されている。連邦政府の職員が今年一年間働けば、それだけ払うぺき退職金は増えるので、その分はきちんと積み増さなげればいけない。アメリカ連邦政府も、このよう退職年金を見積もって計上しているのである。

 環境引当金というのは、主に国防省に関係する勘定である。これは、アメリカ軍が核開発や核廃棄物などで環境を破壊してしまった場合、その環境を元に戻すために必要な費用を見越して計上している。

 環境を破壊しながら何がしかの行政サービスを行なったので、それを回復する費用は一九九七年九月三十日現在の国民が負担すぺきものという考え方から、負債に計上している。そうした受益と負担のパランスを、年度ごとに確認しているのだ。

 ちなみに正味財産を見ると、五兆ドル(同換算で、六百兆円)という巨額の債務超過になっている。ただし、ここには国防施設や宇宙開発施設などが固定資産として資産計上されていない。一方で、負債とし年金が計上されていない。

 今回のアメリカ政府の連結パランスシートには、資産、負債が網羅的に把握されておらず、まだかなりの欠陥があると会計検査院から指摘されているが、とにかくトライして国民の意見を求めようという姿勢は伝わってくる。

 ところが日本では、行政は一般会計だけでなく、特別会計や公営企業会計、外郭団体なとに分かれて予算や決算を行なっている。メインである一般会計だけに監視の目が集中しがちで、それ以外の会計がうやむやにされている可能性がある。一般会計から特別会計へ、さらに特殊法人、第三セクターへと、政府の負担と明確に言い切れないようなところまでどんどん債務を押しやることによって、一般会計をとり繕っているのだ。その結果、隠れ借金などがあとあと問題になってくるのである。

 企業会計は、連結決算が主流になりつつある。行政の全体像を把握するために、日本の公会計は、将来はアメリカ連邦政府のように連結決算も作成すぺきである。


百点満点の十点でもいい

 今、政府は、景気回復を最優先に対策を進めている。景気が回復すれば、次は必ず財政再建が最重要テーマになるだろう。今後、財政再建のためには歳出カットも必要であるし、どこかの時点で増税せざるを得ないかもしれない。ただし、増税だと言われても、それが有意義に使われているかどうかがわからなければ、私たちは素直に応じることはできない。

 歳出カットと言っても、各省庁の抵抗にあって簡単には実行できないだろう。建設省から見れぱ、「自治省の交付税カットのほうが先だ」と主張するだろうし、運輸省から見ると、「農水省のほうがもっと無駄が多いじゃないか」と言うかもしれない。どこの省庁だって、そういう意味では無駄があるのだ。どこからカットしていくかというのは、ある程度客観的に判断できるものを情報として出してこなければいけない。繰り返し述ぺるが、パランスシートはそういうことすぺてのベースになる。

 政府の行革の目玉の一つであり、欧米ではすでに一般化しているものに行政評価がある。行政評価とパランスシートは、いわぱ車の両輪であり、適切な行革を進める上で不可欠なものと言えよう。では、その結果、行政の何がどう変わるのだろうか。

 情報開示によって、国民の目には行政サービスの余計なものと必要なものが見えやすくなる。少なくとも無駄な予算はつきにくくなるだろう。それは行政コストに対する認識が高まることであり、さらには行政改改革、財政の健全化にもつながる。

 実は、我々はパランスシートは、本来、予算の査定官庁である大蔵省にとっても歓迎されるぺきものと考えている。

 建設省や運輸省なと要求官庁はパランスシート導入に反対するかもしれないが、大蔵省にとっては歳出の歯止めともなるし、地方自治体や国会議員に対する陳情封じにもなるからだ。

 今回、私たちが発表した日本国政府のバランスシートについて、当然、算定の根拠は何なのか、バランスシートに計上する性質のものではないものもあるではないかなどという、さまざまな反論や批判が出るであろうことは覚悟している。私は、これがパーフェクトだというつもりは全くない。ひょっとしたら百点万点の十点かもしれない。大事なことは、まずスタートしてみることだ。十点からスタートしたものを叩き台にして、みんなで議論を積み重ねていくことだ。その結果、「構想日本」のアイデアが跡形もなく消えてもかまわない。

 完全なバランスシートを作成しようと思ったら、やはり外野からでは限界がある。最終的には日本国政府のバランスシートは、政府が自ら作るぺきものなのである。経済戦略会議も、最終答申で会計制度の抜本改革を進めることを提言している。実際に複式会計を制度として導入する場合には、財政法の改正が必要になるだろう。

 しかし、とりあえず試算してみるというのであれぱ小渕総理が指示して、各省庁の会計担当者が数字を出せぱ、明日からでも作業は可能なのである。



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